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2008年11月16日 (日)

4人4様

1人目の時は世間(標準値って言うか)と比べ、2人目の時は上の子と比べるけれど、3人目になると「なんかそういうのってどうでもよくない?」と思い始め、4人目になると「まあいろいろあるよな」と何でもありになっている。だから子どもはひとりとかふたりの時がお母さん的には一番きつい。でも増えると楽しいんだよ!ととりあえず主張しておきたい。

4人いると、うちは今のところ進路が全然別だし(理系・文系・芸術系)、もっと小さいことでも反応がそれぞれ微妙に違って面白い。

たとえば、高価なものをねだられたとき、「工夫してみたら?」なんて対応する親なのだが、それに対する子供達の「工夫」は全部違う。

長男たかへはどこで買うと安くなるとか、誰かが中古を譲ってくれるとか、そういう情報を探してくる。二女ぱん太はお小遣いをやりくりして手に入れる方法を計画する。うちの奇数番は基本的に真面目だ。

対して長女ぽん太はどうやって他の兄弟たちを説得して(たぶらかして)出資させるかに心血を注ぎ、三女ぴー太はどんなふうに曾祖母や祖父母にお小遣いをねだろうか画策する。うちの偶数番はちゃっかりしているのだ。

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2008年11月14日 (金)

日常のハードル

夏の終わりごろから、昼食人数が5になってしまい、「そのへんのもので適当に」ができなくなってしまった。夏になるまで自分で昼食を用意していたばーちゃんが夏のあとも完全にこちらに依存するようになり(夏場は暑いしどうせ子供達もいるのでこれまでも私が作っていた)、仕事場の近くで外食していた夫が毎日帰宅して食べるようになったのだ。

なので以前より増して家にこもっている。なのに全然片付かないのは、もちろん家にこもってぼんやりしているだけだからだ。

先週、昼ご飯を簡単に済まそうと、「ご飯を炊いて、前日に作っておいた〆鯖を切って、菜っ葉を炊いて、作り置きの煮豆を添えて…うん、これでOK。買い物に行く必要もなくて楽勝」と作り始めたのはよいのだけれど。

現在我が家で使っているお米は、自家生産のものが新米収穫まで保たないかもと思って夏の終わりにつてをたどって購入したもの。そんな時期に買ったから、いわゆる「足もとの米」で、美味しいけれど小石が混じっている。だいたい5合に3個ぐらい?その小石が半透明の白で大きさも米粒に近くて、老眼の身にはとても見つけづらい。というわけで、お米を洗う段階で予想外に時間を取られていて驚く。

で、〆鯖は叔父の釣果から自作したものだけれど、切り分ける前に骨を抜かねばならず(本来〆鯖を作る時点で骨ぐらい抜いておくべきだったのだろうけれど、大量にあったのでそういう細かい作業は後日まわしにしていた)、これまた老眼の身にはつらい。探し当てた小骨が途中で切れて、その続きを探ると身が崩れてしまったり。情けないことだ。

とどめは菜っ葉で、義父が畑から取ってくる新鮮な青菜は、ゆでる前に念入りに洗う時点で5株に2匹ぐらいの芋虫が出現し、それを取り除いてゆでると更に鍋の表面に新たな芋虫が浮かぶ。さらに根本部分を長めに切り落としておかないと、茎の間にしっかりしがみついたまま昇天した小さな芋虫と遭遇する事になる。なめくじにも会える。会いたくないのに。

と、当初計画ではシンプルきわまるメニューのはずが、やたらハードルの高いものになってしまう今日この頃なのだった。

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2008年11月11日 (火)

今年も障子はり

今年も報恩講に合わせて障子張りをする。

天気の良い暖かな日を狙って障子を張るつもりで、週間天気予報とにらめっこして日取りを決めたのに予想外に寒い。晴れ間も少ない。でもはじめた以上は最後までやってしまわなければ、夜はもっと寒いのだ。

それにしても気軽に障子が張れるのも、年々この作業が楽になったのも、熟練と言うよりは道具の進歩だと実感する。ピンと張って破れにくくよじれない障子紙とか。扱いやすくかつよくつく糊とか。作業をうんと楽にしてくれる障子はがし剤とか。ありがたいことだ。

そしてどんなに作業が楽になっても、張り替えたばかりの障子の気持ちよさは変わらないのが更にありがたいと思う。

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2008年11月 8日 (土)

雨のお役所仕事

11月はお役所がらみの行事が多い気がする。半公共って感じの。というわけで本日は地元では中学校校区の「フェスタ」と農業祭の他いくつか行事があった。

私は、地元行事には出席せずに、二女・ぱん太が某ポスターコンクールで知事賞を頂いたので一緒にその表彰式へ。本降りの雨なので屋外で行われる表彰式は色々準備が大変そうで、表彰式を含めたイベントそれ自体も人影がまばらで寂しい限り。もちろん知事が来ることもなく、主催団体の会長も欠席で副会長がプレゼンターになっていた。「今財政難だから副賞がうまい棒一本でも不思議じゃない」とさんざん家族に脅されていたぱん太は、やたら立派な楯を頂いて感激していた。もちろん表彰状に現知事の名前があるのも彼女的にポイントが高いのだった。

表彰式のあとは、ぱん太友人と待ち合わせて昼食をとって、彼女たちの第一志望の高校の説明会へ。移動に思った以上に時間がかかり、狭い大阪も案外広いとしみじみ。
高校はとにかく施設が素晴らしく、学校の雰囲気もよく、来春にはここに加われればいいなと親子ともども心から思ったのだった。学校内の各種施設を見学しながら、PTAのクラブ活動(っていうのかな?)はどうなっているのだろうと質問したかった。だって、これまで「一度やってみたい」と思っていたことができる環境があれもこれもいろいろ揃っているんだもの。入学する本人にはなんの関係もないことなので質問しなかったけれど。

帰宅すると農業祭を手伝っていた義母が売れ残った”たこせん”の材料を買い上げてきていた。雨で人出がかなり少なかったもよう。

ううむ、明日の朝食は「たまごせん」と野菜スープにするか。

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2008年11月 1日 (土)

アイロンを握って

市民運動会に子ども会関係の世話役として関わって数年。やっと運営団体系のおじさんたちにも、子ども会としては勝つことよりも楽しく過ごすことをメインに据えて考えていますと言うことが広まって、どちらかというと勝つことはあきらめてくれるようになって来たのだけれど。

今年から老人会の世話役さんが代わり、その人がやっぱり勝ちたくて仕方のないタイプ。老人会世代の人って本当に何が何でも勝ちたい人が多い。あの平和なゲートボールで人死にが出るのも頷ける。

彼も我が校区が全然得点できないことが相当悔しいようだったが、綱引きで負けたのが彼的には最後のひと藁だったようだ。もっとも彼は綱引きは得点が入らない競技だということには最後まで気づいていなかったようだ。ともかく「子どもばっかり出すからや!もっと大人出せ!」から始まって、「来年からちゃんと各町会に協力して貰って、優勝できるメンバー組んで貰わんとアカン」「練習もみっちり」「子どもは最小限でいい」などと世迷いごとを言い始めたので、大人げないと思いつつ、最大限の笑顔で「そのようなことでしたら子ども会としては一切ご協力できませんのでよろしく」と言っておいた。念入りに2回ほど。運動会というもののとらえ方が根本から違う彼に理解できたかは疑問だけれど。

ただでさえ毎年参加者集めに苦労しているのに、各町会で協力してメンバー集めとかみっちりの練習とか、ほんとうに思いつきをクチにするだけなのは楽だわなー。とも言ってやりたかったが、自重した。

しかし更に許せないのは、運動会が終わったあと、老人会の人と運営団体の関係者の使ったゼッケンの山を、「じゃ、頼むわ」と洗濯アイロンをまとめて押しつけられてしまったことだ。以前うっかり「しておきますよ」と引き受けたのを反省して今回は各自に振り分けるはずだったのに!言いたいこといい散らかしてすべきこと放棄ってどんなけ。

と、その場で押しつけられて逃走された悔しさをアイロンにこめている。ゼッケンのヒモが面倒なんだよ!今年は少なめだと思ったけれど40枚以上あるよ!ゼッケンじゃなくてあの人たちの根性にアイロンがけしたいよ!

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