2014年1月16日 (木)

やっと片づいた

もう松も取れてからなんですが、明けましておめでとうございます。
新年からこの調子で先が思いやられますな。

年末は、例によって義父母の分や実家の分の年賀状を作り、夫の分を印刷しながら自分用のを作っていたのですが、インクカートリッジの交換をするときに妙な操作をしてしまったらしく、自分用のを保存せずに消してしまいました。すぐそのことに気がついていれば復旧も簡単だったのでしょうが、それに気づかずに同じはがきソフトで他の作業をしてしまい、「もしかして私の年賀状行方不明?」と気づいたときは既に遅く、なんだか脱力してそのまま大掃除と餅つきとおせちに突入し、結局元旦にもう一度作り直して発送することに。

いやあ、ほんと、年頭からグダグダです。

そして今年は次女ぱん太の成人式。
12月はじめに、叔母(私の妹)の振り袖を着て写真館で前撮りをしたので、これで普通の振り袖は着たから…ってなもので。

当日は中学のお友達にもたくさん会うだろうから、これは美術系に進学しましたアピールで、ちょっと変わった感じにしよう!ということになりました。そこで前々日に前髪にオレンジのメッシュを入れ、いかにもデザイン系女子に。そして大叔母(私の叔母)の朱色の振り袖を着ました。帯は私の大叔母の嫁入り道具だった物で、彼女からしたらえっと、なんて呼ぶんだろう?
とにかく「レトロ可愛い」感じを追究することに。

着つけは実はこの日のために一昨年秋から月2で習いに行きました。所詮付け焼き刃な私の着つけなので「きちんと格調高く」じゃなくて「レトロ可愛い」を目指す方向になったのかも知れません。

とにかくオレンジメッシュ入りのショートヘアに合う髪飾りがなくて、結局大急ぎで作ることになりました。「大きなリボン!リボンいっぱいとか!お花もコサージュというより可愛い感じで」と、相談しながらこういうのができあがりました。

Photo

大きなリボンバレッタと、リボンがいっぱいついたスリーピンと、結び細工(これは既製品)のついたバレッタです。お花は「つまみ細工プレート」を使って作りました。簡単でかわいくできます。クロバーの手芸プレートシリーズ、「かわいいけどこれをどう使えば?」だったのですが、うまくはまるとホント便利でした。
そんでこれを3つとも全部頭の周囲を巡るようにつけて、まるで七五三のようでしたが、本人がものすごく「可愛い!」と喜んでいたので良しとするのです。

でも、これ、せっかく作ったけど、もう一度出番はあるのかしらん。他に使いようないよ、大きすぎて。

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2013年12月13日 (金)

スルッとさまさま

昨日は会社の関係で、あちこちの公共機関を回ることになった。
先月義母が買ったスルッと関西3daysがまだ残っているのでそれを使う。

3日分で5000円だから1日あたり1700円分以上使うならこっちがお得、なんだけど1700円ならギリギリかなあ…と当初は思っていたのだけれど。
家に帰ってから計算すると2800円分ほど使ってたので、あらためてやっぱり「交通費が一番高い」ということを実感したのだった。

まあ、せっかくスルッとだからと、1ヵ所途中下車したのもある。でも普通に使っていても十分元は取れている。

しかし、管轄の税務関係2ヵ所と法務局がこんなにバラバラに存在するのもどうかと思う。全部沿線が違うよ!

そして数年ぶりに「なんば」で近鉄と南海を乗り換えたのだけれど、あれは年寄りにはきついわ…
アーバンシニアライフには足腰の丈夫さが不可欠だと実感するのだった。

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2013年12月 3日 (火)

裏側がとんでもないけど

Handwarmer

次女にずっと前からリクエストされていたハンドウォーマー、ようやく編み上がりました。

これはもともと靴下だったもの(knittyで見て一目惚れ)を、同じくknittyにあったハンドウォーマーの編み図に無理矢理当てはめたものです。
編み込みなので暖かい…といいたいのですが
糸が大量に渡っているので裏側がかなり悲惨です。
糸の渡し方が甘く、模様が引き攣れているところもいくつかありますし。

でもまあ、昨日学校に着けていって、「ウケた!」とドヤ顔で帰ってきたからこれでよし。

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落ち着くまでなんて思っていたら

とんでもなく長くお休みしました。

昨年2月末、ばーちゃんを見送りました。大往生と言えると思います。
昨年9月、義父のMDSが発覚しました。
今年1月、ずっと調子のよくなかった三女にやっぱり「起立性調節障害」の診断がおりました。
今年4月、長男が就職しました。次女もやっと進学しました。公立のデザイン専門学校です。
今年7月、長男が転勤に伴い入寮しました。
今年8月、長女の来春からの採用が内定しました。

教育費の山も頂を過ぎ、あともう少し(のはず)です。既に定期預金はすっからかん、第一子の幼少時より「教育費は必要最低限」という方針で来てこれなので、子どもは生産財ではなく消費財というのは本当だと実感しています。

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2011年1月16日 (日)

さむいよ

日付が変わった頃からびゅうびゅうと風の音がする。ただでさえ寒いのに音でさらに体感温度が下がる気がする。

昨日も寒かった。11時からのお葬式に出たのだけれど、霧雨が寒さを増幅していた。田口行弘氏の作品に参加するために外出したぱん太によると、大阪城付近はかなり雪が降ったようだ。「たたみが水分を吸って倍ぐらいの重さになってたいへんだった」と見せてくれた写真の数々。作品が仕上がってYouTubeに上げられるのが楽しみだ。

お天気サイトをチェックすると、どうも今朝は氷点下だったようだ。半端なく寒い。ゆうべ三女が仕込んだバケツには厚く氷が張っている。天気予報によると夕方から雪だそうだ。…洗濯物干していいのだろうか。

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2011年1月12日 (水)

ぱん太帰国

次女ぱん太が6泊8日のイタリア研修から帰国した。空港での解散前に先生の一言「わかっているだろうけど明日は普通の授業が6時間あるから。先生も6時間ぎっしり詰まってる」海外に生徒たちを引率するなんてどんなにか神経を使うことかと思うのだけれど、それで休みなしでみっちり働くとは!先生、倒れないでくださいね。
「移動だけで一日10キロ以上歩いていますし、美術館の中も相当の距離というか歩数です」

ぱん太は「本当によかった!」と、まだ興奮している。一日3館ペースで回った美術館でもお気に入り作品が多数あったようだし、文具店にも行ったし、食べ物も美味しかったようだ。
昨年行ったときの積み残しはすべて解消できたようで何より。ちなみにおみやげは宣言通り「ローマ法王カレンダー」でした。

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2011年1月10日 (月)

ぽん太の成人式

二年ぐらい前から成人式の振り袖についてのダイレクトメールと電話セールがすごかった。振り袖のパンフレットの傾向が二分されていて、前衛的なのが8割古典的が2割。前者は客観的に見てアレを町中で見かけたらある程度の歳以上の人なら堅気のお嬢さんではないと思うだろうレベル。なんか、和装業界も迷走が長すぎてより訳がわからなくなっているのか。

というわけで、今年は長女ぽん太の成人式。
先月半ばに発送されたらしき成人式の案内はがきがなぜか式直前の金曜日になっても届いていなかった。中学から私立に行ったし、小学校時代の数少ない仲良しはすべて引っ越し済なのでぽん太は地元の式には出ないつもりだったから、別にいいのだけれど、と実家母からの電話のついでにちょっと言ったら、どうやら市役所に電話で抗議したらしく、職員さんが家まではがきを持って来てくれてしまった。申し訳ない、と謝ってらしたけれど、こっちこそ行く気のない式の案内状を持ってきてもらうなど恐縮以外の何者でもなく。変に行動力のある人に世間話をするときには気をつけないといけないと改めて学ぶのだった。

市の式には出ないが、高校で午後からパーティーという名の同窓会があるのでそれに合わせて美容院で髪をセットしてもらい、私が成人式で着た振り袖を着、写真館で写真を撮ってもらってから出かけた。髪もたいへんおとなしくまとめてくれたし、着物もすっきりといい感じ。紫の総絞り(藤色から江戸紫まで)の振り袖に、黒地に金の有職模様の帯、襟は刺繍もない白いもので、伊達襟と帯揚げ帯締めは深紅。

夜帰宅したぽん太が興奮して報告。
「着物と帯と伊達襟と帯揚げ帯締めの色合いが全部かぶっている人がいた!それぞれ単品だと違うけれど、全体の色合いがほぼ同じで、2人で見比べてちょっと感動した!『パンフレットとかで見る今時の色合いから思いっきり外れているから絶対かぶらないと思ってたのに!』って向こうの子言ってたけど、やっぱりいっぱい送ってきたパンフレット見て『こんなん嫌やなー』って思った人多かったんやって事やなー」

さらに友人のツイートをチェックして驚愕しつつ私に携帯を差し出す。
写真に写った友人の振り袖も全く同じ紫系の総絞りでぱっと見はまるで同じ。よく見れば柄が友人は牡丹こちらが菊、なんだけれど。むこうもお母様の振り袖だそう。なるほどね。お互いに「絶対かぶらないと思ったのに-」「運命?」なんてはしゃいでいるのがほほえましい。

ああ、しかしなんとか無事に終わってよかった。うちにはあと2人娘がいるけれど、なんとかなりそうという目処がつけられただけでも今日は収穫が多かった。

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2011年1月 9日 (日)

例によってうっかり

7日は三輪山に行ってきた。だいたい年に数回行くのがここ数年のならい。大神神社のたたずまいは何度行っても好きだ。

そしてその日は地元婦人会の新年総会だった。新年度人事、パスしようと思っていたのに、会長と会計が決まり、あとひとりというときに、一昨年若手三人が三役になったときに終始一貫邪魔して三役の悪口を近所中に触れ回ったお人が「私してもいいわよ」とひとこと。会長予定者が「あなた来たら年寄り3人になっちゃから会の仕事何もできないわよ~」と冗談めかして言い、会計の人が若手の座っているあたりに目を泳がしたので「じゃあ私します」と思わず言ってしまった。
だって、とにかく強引なあの人が役付になったら、せっかくこの二年がんばった組織改革が全部元の木阿弥になってもおかしくないんだもの。
でもこれで彼女に恨まれたら、「あの人は出たがりででしゃばり、とにかく生意気」ってまた近所中というか隣の集落ぐらいまで言って歩かれるんだろうなあ。痛くも痒くもないけど。(←これだから元々彼女には嫌われている。でも直接的な被害はなく、かわりに義母に「ちゃんと嫁をしつけろ」としょっちゅう抗議に来ている…義母ごめん、とばっちりで)

今年はようやく子ども会から卒業なので、次女の高校PTAだけかなーと思っていたのだけれど、なかなかそううまくはいかないようだ。あ、PTAも学年代表は嫌だと言っているのに「保留ということで!」のままだった。でも婦人会で役もらった事を説明してもう一度代表は固辞しないと。よく考えたら中学PTA、「一家庭学級委員1回実行委員1回」はクリアしていると安心していたけれど、家庭数の減少で「1人1回」に変わっている可能性もあるんだった!!

とにかく人事の季節が終わるまで、いろいろ気が抜けないのは確か。

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2011年1月 6日 (木)

本日より通常営業

9月の頭にまたHDDがクラッシュしてしまい、昨年は合計3台のHDDをおシャカにしてしまったことになって、あらゆる意味でやけっぱちだったのですが、年も改まったことですし、こちらも再開したいと思います。

お正月に帰宅していた長男も昨夜遅くに下宿に戻り、長女は今日から大学、次女は昨日イタリア研修に旅立ち、三女はやっと帰宅してきたお友達の家に早速遊びに行ってます。今日のお昼ご飯はおせちの残りを刻み込んで入れたちらし寿司なのですが、それでおせちも黒豆を除いて全部片付きます。今年は無駄にしてしまった食材もなく、絶妙の分量でおせちが用意できたような気がしています。もう20年以上作り続けているから、適正な分量がやっとわかったというか、子どもたちも成長してちゃんと食べてくれるようになり、余らなくなったというか。子どもたちがうちのおせちが好き、というのは、たいへんありがたいことだと思うのでした。

今年のお正月は年末に引いた風邪をこじらせ、3日には寝込んでしまうという失態ぶりではありましたが、正月に遊ぶために購入しておいた「投扇興」が予想以上に面白かったのをはじめ、ゆったりと過ごせてよかったです。
鏡餅も切ることができるうちにと、ちょっと早いけれど全部切って冷凍してしまいました。飾りがなくなると通常営業気分も増すというものです。

この1年半かなり家事をさぼった自覚があるので、今年は胸を張って友の会会員と言える生活を目指したいと、一応新年の抱負も上げときましょう。家事の友は、昨年末にとうとうボタン類が反応しなくなった私のipodを見かねて次女が譲ってくれたお古のiPodnano第4世代です。

というわけで、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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2010年8月22日 (日)

異文化との遭遇

子ども会で「夏休み工作の会」。ジョセフ・コーネルの作品の写真を色々見て、自分でも箱を作る、というもの。
グルーガンが大活躍。短い時間で皆それなりに作品らしいものになっていた。

工作の会は何度かしてきているけれど、年々、子どもの作品に手を入れる、あるいは率先して作ってしまうお母さんが堂々としてきている気がする。横で見ていてついつい手が出てしまう、というのはむしろ当然の心境だと思うのだけれど、もうちょっとこそこそするところではないかとか思ってしまうのだ。自分の思い通りに子どもに作品を作らせることに疑問を感じていないのだろうな。
そういう作品はたしかによくまとまっているし、きれいで破綻がないけれど、少なくともそういうふうな作品作りを通して工作が好きになる子はいないと思うんだけど。

春の連休のクラフトパークでは、子どもが低学年だと仕方がないかな…と思ったけれど、そういう問題ではない気がしてきた。お母さんの「よいものを作らせなくては」という意気込みがとても大きい。でも、目的を見失っている気がする。


そして、会が終わってから別口で出かけた先で、高校生のお子さんのためにお母さんが読書感想文を書いているという話を聞いてしまった。
「今年の分やっと書き終わってほっとしているのよ―。ちゃん太さんはたくさんお子さんいてすごくたいへんでしょうね」

「私夏休みに限らず子どもの宿題原則手伝わないから。自分も親にしてもらったことないし。
だいたい、宿題をしなくて困るのは本人で、私はちっとも困らないし」
こういう言い方はイヤミかもしれないとちょっと心配しつつも思うところを言ってみた。すると。

「…そうか、親にしてもらったことがない人ってそういう発想になってしまうのね。夫もしてもらったことなかったから私のこと過保護とか言うんだわ、きっと。私自身作文とか工作とかしたことなかった」

え、私いきなり彼女の中で「親に宿題してもらえなかったかわいそうな人」になっているよ!

驚いた。心底驚いた。異文化はこんなに身近にあったのだ。

夏休みの宿題のあれやこれは、長期のお休みを利用した、普段できないこと――作業だったりじっくりものを考えることだったり読み慣れない本を読んだり――をする絶好のきっかけだ。その機会を奪ってしまうことは宿題を忘れて叱られる(と子どもに泣きつかれる)よりもよほどこわいことだと思うのだけれど、美しい母性愛の前にすごすご退散するのだった。

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